イタリアの北東にあるフリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州のウディネ県にある、チヴィダーレ・デル・フリウリにやってきました。
スロベニアとの国境にあるアルプス山脈から流れるナティゾーネ川の流域にあります。
チヴィダーレ・デル・フリウリ
チヴィダーレは、石器時代より人々が生活しており、紀元前50年にジュリオ・チェーザレ (Giulio Cesare、ラテン語ではユリウス・カサエル= Iulius Caesar) によってフォルム・イウーリ (Forum Iulii) という名の都市が誕生しました。チヴィダーレはフリウリ地方に属していますが、このフリウリという名はフォルム・イウーリ (チェーザレの広場の意味)が語源となっています。
※フリウリ地方・・・ウーディネ、ポルデノーネ、ゴリツィア各県とヴェネト州の一部の地域のこと
チヴィダーレは568年にロンゴバルド王国の最初の首都になりました。774年にはフランク人が占領し、この都市の名をチヴィダス・アウストリアーエ (Civitas Austriae) と改名しました。
オーストリア (東) の都市という意味で、チヴィダーレはこの名が語源となっています。
その後はヴェネツィア共和国の支配下になったり、ナポレオン率いるフランス軍に敗北しオーストリア帝国に譲渡されたりしました。そして1866年よりイタリア王国になりました。
チヴィダーレ観光
今回はチヴィダーレの町を下記の行程で歩いて観光しました。
パオロ・ディアーコノ広場 (Piazza Paolo Diacono)
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ドゥオーモ (Duomo di Santa Maria Assunta)
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悪魔の橋 (Ponte del Diavolo)
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ケルト人の地下石室 (Ipogeo Celtico)
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サンタ・マリア・イン・ヴァッレとロンゴバルドのテンピエット
(Monastero di Santa Maria in Valle e Tempietto Longobardo)
インフォメーションポイントがあるパオロ・ディアーコノ広場からスタートです。
土曜日の午前中ですが、広場には人がいません。。。
まずはインフォメーションポイントでマップと今回はケルト人の地下石室も訪れたいので、地下石室の鍵を貸してもらいます。

地下石室の見学は無料ですが、鍵を貸してもらう時に身分証明書 ( パスポートや免許証など) をインフォメーションポイントに預けます。鍵を返却する時に、身分証明書は返却してもらえます。連絡先である携帯電話の番号も聞かれます。
鍵を受け取ったら、ドゥオーモ方面に歩いて行きます。
ドゥオーモ (Duomo di Santa Maria Assunta)
ドゥオーモ前の市庁舎 (Palazzo Comunale) の前にはジュリオ・チェーザレ像のレプリカが立っています。この市町舎は16世紀に改築されています。中世の趣のある建物です。



ドゥオーモは1448年の地震で崩壊後に再建されましたが未完成のままで、16世紀になってから改築されゴシック建築にルネッサンス様式を取り入れた現在の姿になったそうです。
ドゥオーモの入口から入って左側にある木製の十字架は、12~13世紀の作品で高さは3mあります。
この木製のキリスト像は1本の木で作られていて、腕の部分だけ付け足しています。
キリストは宝石がついている黄金の王冠をかぶっています。
中央部分に光が当たり厳かな雰囲気を醸し出しています。

教会の前方に飾られているのは、ペッレグリーノ2世 (PellegrinoⅡ) の銀箔を押し付けたマリア像の浮彫です。
マリア像の隣は二大天使のガブリエル像とミカエル像です。
この浮彫は中世の作品でイタリアの代表作の一つだそうです。

出典:ドゥオーモ公式ホームページより
ドゥオーモの隣にはキリスト教博物館が併設されていて、ロンゴバルド時代から中世の作品が展示されています。
ドゥオーモ公式ホームページ:Duomo di Cividale del Friuli
キリスト教博物館公式ホームページ:Museo Cristiano e Tesoro del Duomo di Cividale del Friuli
Messa dello Spadone
毎年クリスマスシーズンの最終日、1月6日のエピファニアの日にチヴィダーレのドゥオーモでは、Messa dello Spadone が行われます。このミサではマルクアルド大司教 (Marquardo di Randeck)の刀を持ち、刀を振り上げて祝福します。
この儀式は1366年より毎年行われています。一説には右手の刀で政治的な権力を表しており、左手には福音集 (新約聖書におさめられた4つの福音書) を持ち、宗教の精神的な支えを表しているとも言われています。
このミサの当日には中世の仮装や音楽のイベントが行われます。
ドゥオーモから100mほど歩くと、チヴィダーレのシンボルの一つである悪魔の橋があります。
悪魔の橋 (Il ponte del Diavolo)
Wikipediaによると、イタリアには悪魔の橋が7本もあるそうです。イタリアだけでなく、ヨーロッパにもたくさん悪魔の橋があるみたいです。⇒ 魔橋 (Wikipedia)
チヴィダーレの悪魔の橋は、イタリアにある7本の悪魔の橋のうちの一つです。
ドゥオーモ方面より橋を渡った左側(東側)にサン・マルティーノ教会があるので、教会の横から広場に入って行くと、悪魔の橋が見渡せます。
橋の中央の柱は天然の岩の上に設置されています。

この悪魔の橋には中世から伝わる伝説があります。
ナティゾーネ川に石の橋を造ろうとしていましたが、なかなか工事が進みません。そこで、チヴィダーレの人々は悪魔と取引をしました。悪魔は一晩で橋を完成させるかわりに、最初に橋を渡ったものの魂をもらうという条件を出しました。人々はその条件を受け入れました。約束通り悪魔は一晩で橋を完成させて、最初に橋を渡ったものの魂を奪いました。実は、これは犬(猫)だったと言われています。それからこの橋は、悪魔の橋と呼ばれるようになったそうです。
この悪魔の橋は1200年頃は木造だったそうです。1442年より石造りの橋を建設しようとしましたが、数々の困難があり工事が進まなかったので、このような伝説ができたそうです。
昨年に行ったカニン山脈にあるフォラート山に穴があいてるのは、激怒して逃げ出した悪魔が開けた穴と言われています。
この伝説の橋は第一次世界大戦中に橋が破壊されたので、1918年に再建されています。
橋をもう一度渡って戻ると階段があり、河川敷に降りることができます。そこからは悪魔の橋を見上げることができます。
ジュリア・アルプス山脈より流れてくるナティゾーネ川の冷たい川の流れに触れることができます。
水遊びする人や石を投げて水切り遊びをしてる人々がいました。

ケルト人の地下石室 (L’ipogeo Celtico)
悪魔の橋よりドゥオーモ側に戻り、一筋目の小道 (Via Monastero Maggiore) を右(東)に曲がると、すぐ右手にケルト人の地下石室があります。
黄色の看板の下の扉が入口です。(頭上注意です)
インフォメーションで貸してもらった鍵を使って、中に入ります。
鍵を貸してもらった時に、中に入ったら左にあるスイッチで電気をつけることと、鍵は1つではないので中に他の観光客がいるかもしれないので驚かないでねと言われました。

私が入った時は、暗くて誰もいなかったので電気をつけて急な階段を下りていきました。



階段を下りると3つの小さな廊下になっていますが、すぐ突き当たりで狭いスペースです。
内部はひんやりして、湿気が多い気がしました。
このケルト人の地下石室は、紀元前3世紀~4世紀にできたようですが、まだ謎が多くどんな目的で使われていたかは明確ではありません。仮説ですがケルト人が埋葬用に使用していたとか、古代ローマ人やロンゴバルド時代は牢屋として使用されていたともいわれています。
ケルト人の地下石室の見学が終わると、インフォメーションポイントで鍵を返してパスポートなどの身分証明書を返してもらいます。インフォメーションの営業時間内に行かないと鍵が返せないので、営業時間をチェックしておきましょう。
私が行った時は10時から13時、15時から17時に開いていて、お昼休みの2時間は閉まっていました。
イタリアのロンゴバルド族:権勢の足跡 (568年~774年)
2011年に「イタリアのロンゴバルド族:権勢の足跡(568年-774年)」が世界遺産に登録されました。
この世界遺産はロンゴバルド時代の建造物や遺跡で、イタリア各地に残されています。その一つが、チヴィダーレ・デル・フリウリにあります。
チヴィダーレで世界遺産に登録されているのは以下の施設です。
ロンゴバルドのテンピエット (Tempietto Longobardo)
サンタ・マリア・イン・ヴァッレ修道院 (Monastero di Santa Maria in Valle)
ドゥオーモ (Duomo di Santa Maria Assunta)
キリスト教博物館 (Museo Cristiano e Tesoro del Duomo)
国立考古学博物館 (Museo Archeologico Nazionale)
ユネスコ公式ホームページ → イタリアのロンゴバルド族:権勢の足跡
サンタ・マリア・イン・ヴァッレ修道院 (Monastero di Santa Maria in Valle)
ケルト人の地下石室から小道 (Via Monastero Maggiore) を進んでいくと、サンタ・マリア・イン・ヴァッレ修道院とロンゴバルドのテンピエットの入口があります。
この修道院は西暦830年には存在していたそうです。13~14世紀、18世紀に修繕、改築されています。現在はイベントなどで使用されています。

ロンゴバルドのテンピエット (Tempietto Longobardo)
ロンゴバルドのテンピエットはサンタ・マリア・イン・ヴァッレ修道院内にあります。
おそらく8世紀中頃、760年ぐらいに小さな教会として建設されたと言われています。
現在はテンピエットは修復中です。



聖職者祈祷席がテンピエットから修道院内の教会に移動させて、修復作業をされています。
テンピエットの内部は取り外された聖職者祈祷席がないままで、見学することができます。


6人の聖人像やフレスコなども西暦760年ぐらいに製作されたと言われています。
6人の聖人像のうちの4人の名前は殉教したキオニア(Chionia)、アイリーン (Irene)、アガぺー (Agape)、ソフィア (Sofia) と言われています。
これまで何度も修復作業をされており、復元時の一部はキリスト教博物館や考古学博物館に展示されているそうです。
今回は修復作業中の貴重な期間に訪れることができてよかったと思います。

公式ホームページ → サンタ・マリア・イン・ヴァッレ修道院とロンゴバルドのテンピエット
今回は訪れていませんが、世界遺産にも登録されている国立考古学博物館にはローマ時代、ロンゴバルド時代の貴重なコレクションが展示されてます。
公式ホームページ → チヴィダーレ・デル・フリウリ国立考古学博物館
Ristorante Pizzeria 4S
テンピエットからインフォメーションのあるパオロ・ディアーコノ広場に戻る途中にあったレストラン、Ristorante Pizzeria 4S に入りました。国立考古博物館の隣です。


お店の人が何故かドイツ語で話しかけてくれますが、ぜんぜんわかりません。。。
フリウリ地方の郷土料理のフリーコとポレンタを頂きました。
フリーコはチーズを焼いた料理で、フリウリ地方のフリーコにはモンタジオ (MONTASIO) チーズが使われています。少量に見えますが、チーズをたくさん使用しているので、お腹いっぱいになりました。

公式ホームページ → Ristorante Pizzeria 4S
ランチ後の街並みですが、とても静かです。
マッツィ―二通りを歩いていると、フレスコ画が壁面に残ってる建物がありました。レヴリー二・ストリンガー宮殿 (Palazzo Levrini Stringher) です。

今回のチヴィダーレは数時間の滞在でしたが、主要な大聖堂やテンピエットを見ることができて大満足です。
キリスト教の博物館、考古学博物館を見学するなら、一日あればゆっくり観光できると思います。