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チェルトーザ修道院 ~パヴィア~

パヴィアから約10キロ北へ行くと、チェルトーザ・ディ・パヴィア (Certosa di Pavia) という小さな町に、壮大なチェルトーザ修道院があります。

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チェルトーザ修道院 ( Certosa di Pavia)

今回は車で行ったので、修道院から500mぐらい離れている大型駐車場に止めました。
1時間2ユーロで出庫時に清算しました。 (2025年の料金です) パヴィア市内は1時間1.2~1.5ユーロなので、郊外なのに2ユーロは少し高いです。

チェルトーザ修道院の正式名はグラティアルム・カルトゥジア・サンタ・マリア・デッレ・グラッツェ (Gratiarum Carthusia Santa Maria delle Grazie) です。
ミラノ領主のジャン・ガレアッツォ・ヴィスコンティ (Gian Galeazzo Visconti) の依頼で建設が始まり1396年~1495年にかけて建てられました。

当時はパヴィアにあるヴィスコンティオ城に隣接する大きな狩猟ができる公園が広がっていたので、修道院はその公園の端 (現在の場所)に建てられました。
正面入口の横にある浮き彫りは、細かく繊細に造られています。

教会内部は身廊の上のグロイン・ヴォールト (Groin Vault) と呼ばれる天井が印象的です。
ブルーと白で明るい感じがします。

側廊横には礼拝堂が並んでいて、15世紀~17世紀のフレスコ画などで装飾されています。

前方にある黒色の柵がある手前まで行くと、黙示録のシーンが描かれたドームを見ることができます。1599年にピエトロ・ソッリ (Pietro Sorri) とアレッサンドロ・カソラーニ(Alessandoro Casolani) によって制作されました。

黒色の柵は人数 (観光客) が集まると修道士の方の案内で中に入ることができます。
教会の主祭壇や、トランセプトと言われる十字架のかたちをした教会内部の横の部分の祭壇などを見ることができます。
祭壇などを見た後は、修道士の方の案内で修道院側へ行きます。
教会からでると回廊があり、中央は中庭になっています。

回廊にある15世紀に制作された洗い場の上部には、井戸のそばに座っているキリストとサマリア人の女が出会うシーンが描かれています。

小さな回廊から次へ進むと、大きな回廊があります。
この大きな回廊には、修道士達が生活していた個室が並んでいるので案内してくれました。

修道院の生活は、それぞれの修道会によって違います。チェルトーザ修道院ができた1398年から1782年まではカルトジオ会の修道院でした。
カルトジオ会は俗世を放棄して隠者的な生活をする修道会で、修道院は孤独を追求できるような環境になっていました。

修道士たちは共同での祈りが終わると個室に戻って、孤独の生活を送ったそうです。
入り口の扉の横にある小さな窓を利用して、他の修道士と会わずに食料などを渡すことができました。

各部屋には庭もあり、修道士達は祈りの合間に畑仕事などもしていたそうです。
1968年以降はシトー会の修道士たちが住むようになりました。現在も数人の修道士の方がいて案内をしてくれました。

修道士の住居を見学した後は、修道士の方にお礼をして出口へ向かいます。
案内のお礼は、5~10ユーロ入れてる人が多かったです。もちろんコインの人もいました。

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チェルトーザ修道院 博物館

教会前の庭の横に建っている宮殿は、ミラノ領主のヴィスコンティ家が使用していました。
この宮殿が改修され博物館になりました。

1階は教会の一部だった装飾や像など、色々な作品が展示してありました。

1492年~1497年に制作されたジャン・ガレアッツォ・ヴィスコンティの葬儀記念碑です。
細かいところまで繊細に造られています。

1階の奥にある噴水のフレスコ画は、イエス・キリストの手足や脇腹から血が流れだしています。それが永遠の命の水になると言われています。
ちょっとグロテスクなフレスコ画です。

ストュディオーロ (Studiolo) と呼ばれる部屋は16世紀後半にフレスコ画で装飾されました。
修道士など孤独な生活や宗教上の生活などが描かれています。

中央にある作品は以前は教会の左側の洗礼者ヨハネの礼拝堂にあったもので、修復されて博物館で展示されています。
1490年頃に修道士がルネサンス時代の画家、パルトロメオ・モンターニャ (Bartolomeo Montagna) に依頼して制作したものです。

博物館を出るとショップがあります。ショップには修道院の畑で作られたハーブで調合したハーブティや飴、米、蜂蜜などが並んでいました。
レジに並びながら周りの様子をみていると、米を購入してる人が多かったです。

最後にチェルトーザ修道院は、ベニート・ムッソリーニと関わりのある修道院でした。
実際にムッソリーニ率いるファシズムの時代に、チェルトーザ修道院に訪れたようです。

第二次世界大戦の終盤1945年4月にムッソリーニは殺害され、ミラノの墓地に埋葬されました。
その約1年後にムッソリーニの遺体がファシスト(ファシズム活動家)によって盗まれてしまいました。その遺体は1946年5月頃から数か月、チェルトーザ修道院に隠されていて、通報を受けた警察によって発見されました。ムッソリーニの死についてはWikipediaなどで詳しく説明されています。

この不祥事によって、チェルトーザ修道院は1949年まで閉鎖されたそうです。

チェルトーザ修道院へ行くことがあれば、イタリア語のみですが、教会前方の黒色の柵の前で修道士の方が案内してくれるのを待つといいと思います。案内がなければ中に入ることができず、主祭壇や一部の礼拝堂などを近くで見ることができません。修道院の方にもいけません。
私も含めて外国人も多く、修道士の方にぞろぞろとついていく感じでした。

チェルトーザ修道院に公共交通機関で行く場合は、パヴィア駅からバスで行くか、トレノルドの電車のS13ラインで行くことができますが、バス停や駅からは少し歩くことになります。

非公式ですがチェルトーザ修道院のホームページの ”Orari e Accessi” を見ると、航空地図で行き方の説明がしてあります。

チェルトーザ修道院ホームページ(非公式):Certosa di Pavia





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