ウンブリア州のペルージャ県にあるアッシージは、丘の上にあるローマ時代から存在していたと言われている古い都市です。フランシスコ会を創設した聖フランチェスコ (1182-1226年) の出身地でもあり、「アッシジ、フランチェスコ聖堂と関連修道施設群」として世界遺産に登録されています。
アッシージ Googleマップ
① 聖フランチェスコ聖堂 (Basilica di San Francesco)
② フォンテ・オリヴィエラ (Fonte Oliviera)
[パラッツォ・モンテ・フルメンタリオの隣 (Palazzo Monte Frumentario)]
③ フォロ・ロマーノと博物館 (Museo civico e Foro Romano)
④ サンタ・マリア・ソープラ・ミネルヴァ教会 (Chiesa di Santa Maria sopra Minerva)
⑤ ヌオーヷァ教会 (Chiesa Nuova)
⑥ 聖キアーラ聖堂 (Basilica di Santa Chiara)
⑦ 聖レオナルド教会 (Chiesa di San Leonardo)
⑧ 聖ピエトロ教会 (Chiesa di San Pietro)
⑨ 聖マリア・デッリ・アンジェリ聖堂 (Basilica di Santa Maria degli Angeli)
今回は車で行ったので、聖フランチェスコ聖堂の近くにある駐車場Giovanni PaoloⅡを利用しました。
観光案内地図をみて、まずは聖フランチェスコ聖堂に向かうことにしました。

グリェルモ・マルコーニ通り (Viale Guglielmo Marconi) の坂を上ってカーブがある所まで行くと、聖フランチェスコ聖堂や1239年に完成した鐘楼が見えます。
聖堂の南側に見えるポルティコのある建物は修道院で、住居部分(寮)などがあります。

さらに上っていくと、サン・フランチェスコ門 (Porta San Francesco) があります。
大きなアーチ状の門は、もともとはペルージャからくる人達の門で、市を囲む防御壁の一部でした。


サン・フランチェスコ門をくぐり抜けると、中世の町並みの中に入って行きます。
聖フランチェスコ聖堂方面へ歩いていくと、土産屋などがあるので立ち止まりそうになりますが、とりあえず聖堂へ向かいます。
① 聖フランチェスコ聖堂 (Basilica di San Francesco)
聖フランチェスコ聖堂の下にある広場 (Piazza inferiore di San Francesco) は 、聖堂と同時期に建設が始まったそうです。
雲行きが怪しくなってきましたが、北側にうっすらと虹がでていました。


広場の右の奥に入口があります。
聖堂内は無料で見学することができます。
列もなく、すぐに入ることができました。

内部は写真やビデオの撮影は禁止です。どこかで監視しているのか、誰かが写真を撮ろうとすると、マイクで「撮るな!」と言われます。
見学している人が少し大きな声(気にならないぐらいの音量)で話すと、マイクで「シーッ」と言って静かにさせます。もちろん聖堂内の神聖な場所なのでルールに従うのが当然のことですが、何度もマイクで注意してました。
聖堂は、聖フランチェスコの死後から2年後の1228年から建設が始まりました。
聖堂は下部と上部に分かれています。下部は1230年には完成し、同年に聖フランチェスコの遺体をこの聖堂に移し、1818年に発見されるまで隠されていた言われています。
下部の聖堂の祭壇上のフレスコ画や、右側の3番目にあるマグダラのマリア礼拝堂にあるフレスコ画は、ジョット・ディ・ボンド―ネ (Giotto di Bondone) と彼の工房の画家が制作したと言われています。
下部の聖堂から、聖フランチェスコの墓がある地下室に行く階段があります。
下部の聖堂と地下室を見学してから階段を上ると、中庭があります。そこから上部の聖堂の入り口があります。

上部の教会はステンドグラスとフレスコ画で装飾されています。祭壇の上はチマブーエなどが制作しました。側面にはヤコボ・トリティ (Jacopo Torriti)の創世記のアダムとエバなどのフレスコ画を見ることができます。

聖堂に入ったのが16時半で外に出たのが17時30分で暗くなっていました。
観光客の少ない11月に行ったのですが、日が暮れるのが早いです。
聖フランチェスコ聖堂 ホームページ: Basilica di San Francesco in Assisi
聖堂内部はホームページのバーチャルコーナーから見ることができます。
聖フランチェスコ聖堂前の広場からサン・フランチェスコ通り (Via San Francesco) を歩いてアッシージの町を散策しました。
② フォンテ・オリヴィエラ (Fonte Oliviera)
貴族オリヴィエロ・ルドヴィーチ (Oliviera Ludovici) の依頼で、1570年に建てられた噴水(水の供給場)です。噴水の中央には、この噴水で洗濯物を洗うと、5リラ銀貨(当時の硬貨)の罰金と洗濯物を没収と刻まれています。

巡礼者などに水を供給するための噴水でしたが、住民が洗濯するのを防ぐための警告だったそうです。
隣にあるパラッツォ・モンテ・フルメンタリオは、1267年にイタリアで建てられた古い病院の一つで、1634年には穀物を扱う機関になりました。アーチ型の7つのポルティコが印象的で、現在は展示場として使用されています。
噴水の前を通って、コムーネ広場まで歩いていきます。
③ ローマ時代の遺跡 フォロ・ロマーノと博物館
(Museo civico e Foro Romano)
コムーネ広場の下にある博物館は、現在は存在していない旧聖ニッコロ教会 (Chiesa di San Niccolò) の地下納骨堂を見学することができます。
アッシージ周辺で発掘された壺、石碑、石棺などが展示されています。

1836年に発見されたフォロ・ロマーノ (古代ローマ時代の公共広場) 跡は、裁判官の椅子や、小さな神殿、商人達が利用していた部屋などがあります。

④ 外観はローマ神殿!サンタ・マリア・ソープラ・ミネルヴァ教会
コムーネ広場に紀元前30年に建てられたミネルヴァ神殿 (Tempio Minerva) があります。6本の柱はコリント式 (柱の上部の装飾がアカンサスの葉の形)で建てられています。

この古代ローマ時代からの神殿は、中世初期から小さな部屋を聖ドナートに捧げた教会として使用されていました。13世紀には自治体が下部を刑務所、上部を市議会の議場として使用するようになりました。1539年からはサンタ・マリア・ソープラ・ミネルヴァ教会になりました。その後1634年に現在の形に改修されました。
教会内に入りましたが暗かったです。
教会の天井には18世紀に活躍したイタリア人画家フランチェスコ・アッピア―二 (Francesco Appiani) のフレスコ画が描かれていますが、よく見えませんでした。。。

⑤ ヌオーヴァ教会 (Chiesa Nuova)
この教会がある場所は、アッシージの聖フランチェスコが1182年に生まれ、約24年間住んでいた家だと言われていました。1615年にフランシスコ会の修道士たちが、フェリペ3世(スペイン王) の援助を受けて、この家を教会へ改築したのがヌオーヴァ教会です。

教会内は少し暗かったです。内部はチェーザレ・セルメイ (Cesare Sermei) とジャコモ・ジョルジェッティ(Giacomono Giorgetti) が描いたフレスコ画などで装飾されています。


聖フランチェスコの生家へ入っていきます。
もともとは3階建ての家で1階は商人である父の織物店と工房、2階は家族の居間(現在は教会へ改築)で3階は寝室だったそうです。この生家が教会や礼拝堂に改築されて、3階の寝室部分はありません。


聖サンフランチェスコ・ピッコリ―ノ礼拝堂 ( Oratorio di San Francesco Piccolino) は、当時ロバの厩舎でした。
母であるモンナ・ピカが、フランチェスコを出産した場所だという説もありますが、教会の祭壇の上の寝室で出産したとも言われています。

ヌオーヴァ教会ホームページ: Chiesa Nuova
⑥ 聖キアーラ聖堂 (Basilica di Santa Chiara)
アッシージの歴史的中心地の西側には聖フランチェスコ聖堂、東側に聖キアーラ聖堂があります。
アッシージで生まれ育った聖キアーラ(クララ)は、フランチェスコに帰依 (崇拝) していて、フランチェスコ会の女性修道会キアラ会 (クララ会)の創始者です。
キアーラが亡くなって2年後の1257年から聖堂と隣接する修道院の建設が始まり、1260年から聖キアーラの遺体は主祭壇の下に安置され、1265年に献堂されています。

聖キアーラ聖堂 ホームページ: Basilica di Santa Chiara
⑦ 聖レオナルド教会 (Chiesa di San Leonardo)
聖ピエトロ教会へ向かうとき、聖レオナルド教会が目にとまりました。
小さな教会の外壁にフレスコ画がライトに照らされて美しいです。

入口の扉の上部はポルツィウンコラ免罪(聖フランチェスコが教皇に、ポルツィウンコラ礼拝堂に8月2日に巡礼したものは全免償がえられるように願い出て許可された免罪)や受胎告知が描かれています。隣の壁には慈悲の物語が描かれています。

この聖レオナルド教会のフレスコ画は15世紀に描かれたと言われています。
ライトで照らされいたので目に着きましたが。もし昼間に通ってたら、このフレスコ画に気が付かずに通り過ぎていたと思います。
⑧ 聖ピエトロ教会 (Chiesa di San Pietro)
聖ピエトロ教会は修道院を併設していて1029年にロマネスク様式で建設されました。13世紀と1954年に改築や修復が行われました。
拝観時間は夏季は19時まで、冬季は18時までです。

聖ピエトロ教会のホームページで教会内部の写真を見ましたが、石造りでシンプルな感じがします。祭壇上部に吊るされている15世紀に造られた木製の十字架が印象的です。
聖ピエトロ教会(修道院)ホームページ: Chiesa (Abbazia) di San Pietro
聖ピエトロ教会のすぐそばに、15世紀に建てられた聖ピエトロ門 (Porta San Pietro) があります。
門を通り、駐車場やバス乗り場があるジョバンニ・パオロ2世広場 (Piazza Giovanni Paolo Ⅱ) に戻ってきました。

丘の上を見上げると、聖フランチェスコ聖堂が浮かび上がって見えました。

アッシージへ公共交通機関を利用する場合は、ペルージャから長距離バスで約1時間でアッシージまで行く方法や、電車でアッシージ駅へ行ってからバスC線に乗り換えていく方法があります。
アッシージまで電車で行く場合は、駅から歩いて10分のところに、世界遺産にも登録されているサンタ・マリア・デリ・アンジェリ聖堂へ行くのも良いと思います。
⑨ 聖マリア・デリ・アンジェリ聖堂
(Basilica di Santa Maria degli Angeli)
サンタ・マリア・デリ・アンジェリ聖堂は、聖フランチェスコにまつわる重要な場所を守り、世界各地からの巡礼者を迎え入れるために1569年から建設されました。
聖レオナルド教会でも触れましたが、ポルツィウンコラ (Porziuncola) は4世紀からあった小さな教会で、聖フランチェスコが修復しました。ポルツィウンコラの免罪 (恩赦) の場所にもなりました。ポルツィウンコラの近くにあったトランジット礼拝堂は、聖フランチェスコが亡くなった場所だと言われています。これらの礼拝堂や教会を聖堂内で見ることができます。
興味深いのが聖堂の横にバラ園があり、そこのバラはトゲがないそうです。
ある夜フランチェスコは疑念に襲われにトゲのあるバラ園に裸で飛び込みました。彼の体に触れたときに傷をつけないようにトゲが失われて、トゲのないローザ・カニナ・アッシエンシス (Rosa Canina Assiensis) が生まれたという伝説があります。
次にアッシージへ行くことがあれば、必ず訪れたい場所です。
聖マリア・デリ・アンジェリ聖堂 ホームページ: Basilica di Santa Maria degli Angeli
