クロアチアのイストリア半島の西側にある海沿いの町 ロヴィ二、イタリア語ではロヴィーニョ (Rovigno) という町へ行ってきました。
イストリアの海辺の町 ロヴィニ
ロヴィニはポレッチと同様、長い間ローマ帝国、ビサンツ帝国 (東ローマ帝国)、ヴェネツィア共和国に支配されていました。

ヴェネツィア共和国衰退後は、第一次世界大戦の終わりまでナポレオン率いるフランス帝国やオーストリア・ハンガリー帝国の支配下にありました。その後イタリアへ併合されましたが、1947年のパリ条約でユーゴスラビア連邦へ割り当てられました。
1991年にクロアチアはユーゴスラビア連邦から独立し、ロビニョはクロアチアの一部になりました。
慈悲(恵み)の聖母教会 (crkva Majke Božje od Milosti)
歴史地区から少し離れたところに小さな教会があります。
教会前には1487年に建設され、1584年と1750年に再建されたと書いてありました。

教会内部は海にまつわる写真や絵画などが展示されていました。
毎週日曜日の正午にミサが行われるそうです。

海沿いへ行くと、様々なボートが停泊していました。
ロヴィ二もポレッチと同じくヴェネツィアから夏季(5月~9月) はアドリアティック・ラインズ (Adriatic Lines) の船が出ています。

マルサラ・ティタ広場 (Trg Maršala Tita)
港の近くにはロヴィニのメイン広場になるマルサラ・ティタ広場があり、魚を抱えた男の子の噴水や時計台、レストランなどがあります。

時計台は16世紀のもので、時計の下にある彫刻にはヴェネツィア共和国の象徴である翼がついてるライオン (聖マルコの獅子) が描かれています。
広場の北側にはバルビのアーチ(Balbi’s Arch) があります。
この門は1678年に、元々要塞化さていた門の跡地に建てられました。

長年にわたってヴェネツィア共和国の支配下にあった証として聖マルコのライオンが堂々としています。このライオンは開かれた本を持った姿が描かれていて、平和を象徴しています。
アーチが完成してから約100年後に聖マルコのライオンの下にはアーチ建設時の市長だったダニエル・バルビ (Daniel Balbi) を記念して、バルビ家の紋章が追加されました。
ロヴィ二の歴史地区
バルビのアーチから中心部へ入っていくと、歩行者、自転車などが通れるぐらいの道が多いです。
カラフルな建物に洗濯物が干されています。


現在は閉店たようですが、バールで一息つきました。
ブルスケットは定番のトマト&モッツァレラチーズ以外のものを食べました。サラミやハムも美味しいですが、特にアンチョビ (イワシ)の塩漬けとマリネが美味しかったです。

聖エウフェミヤ聖堂 (Crkva sv.Eufemija)
坂を上っていくと、聖エウフェミヤ聖堂があります。
現在の聖堂は、18世紀に古い教会をヴェネツィアの建築家によって再建されました。

主祭壇には、中央が聖ゲオルギオスとドラゴン、祭壇に向かって左に聖マルコとライオン、聖ロクスと犬の像があります。

聖エウフェミヤはキリスト教迫害で、拷問によって信仰を放棄させられそうになりました。
彼女が祈ることによって様々な拷問をされても傷つかなかったそうです。猛獣に殺される刑でもライオンは彼女の傷をなめるだけでした。

その後、野生の熊からの小さな傷によって304年に亡くなったのち、遺体は出身地のカルケドン (現イスタンブールにある地区)に置かれ、800年までコンスタンティノープル (イスタンブール)で守られてきました。
8世紀から9世紀に偶像破壊運動(聖像や偶像を破壊する運動)が活発になり、いつの間にかコンスタンティノープルから石棺が消えました。
聖エウフェミヤの遺体が納められている石棺は、800年7月13日にロヴィニの浜辺で発見されたそうです。
その日から聖エウフェミヤはロビニョの守護聖人として崇拝されるようになりました。

ヴェネツィアの聖マルコ大聖堂の鐘楼によく似ていると言われている、聖エウフェミヤの鐘楼は1687年に完成しました。
階段を189段上って41mの鐘の辺りまで行きます。

今まで登った鐘楼は石造りの階段が多かったので、木造階段は珍しいです。この階段大丈夫なのかなと思いながら上りはじめました。


ミシミシときしむ音をさせながら上まで上ってきました。
あまり広いスペースではありませんが、360度の景色が見渡せます。

18世紀にヴェネツィアで造られた鐘は教会内で保存されています。
現在ある3つの鐘は1995年にオーストリアのインスブルックで製造されたものです。

鐘楼の上にいる時に強い風が吹いていたので、ちょっと怖かったです。
オレンジ屋根のロビニョの旧市街や港が美しいです。

南側には聖カタリナ島があります。
夏季はロヴィニの港から聖カタリナ島までボートが運行していて、約5分で行けるそうです。

風が段々と強くなってきたので、すぐに下に降りました。
聖堂から少し西側へ行くと古い灯台がありました。公園を通りながら町の中心地へ戻りました。

バタナエコミュージアム
バタナとは伝統的な木製のボートで、バタナを製造する技術や文化の保存のために無形文化遺産に登録されています。
バタナエコミュージアム ホームページ:The Batana Eco-museum
ポレッチのホテルで。。。
今回のクロアチアの旅は、ポレッチの海岸沿いにあるホテルに数日間滞在しました。
海岸沿いを歩いたり、ホテル内にある公園などでリラックスして数日過ごしました。

夕食のブッフェも、日本のホテルのバイキングの様な感じでした。パスタや焼きそば、焼き飯、お肉、魚と色々な種類がありました。
料理が並んでいる写真を撮り忘れtてしまいました。。。

朝食のパンの種類も多く、イタリアでは見かけないフレンチトーストまでありました。
シナモンがかかった焼きリンゴも美味しかったです。

滞在中の夜の7時半に夕食を食べに行くと、人がほとんどいなくて、なんでだろう?と不思議に思いながら食事をしました。
私達の他には2組しかいませんでした。

食後にホテルの庭へ行ってみると、みんないました。
ドイツのバンドがコンサートをしていました。
みなさんノリノリでした。


