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イタリア北東にある港町 トリエステ Part2

フリウリ・ヴェネツィア・ジュリア州にあるトリエステのシンボル的な統一広場 (Piazza Unità d’Italia) 近くのレストランでランチをした後は、ローマ劇場から始まります。

トリエステのGoogleマップ

① ルテラーナ教会 (Chiesa Luterana)
② カナル・グランデ (Canal Grande)
③ 聖アントニオ・ヌオーヴォ教会 (Chiesa di Sant’Antonio Nuovo)
④ 聖スピリドン セルビア教会 (Chiesa di San Spiridone)
⑤ 聖ニコロ教会 (Chiesa di San Nicolò del Greci)
⑥ イタリア統一広場 (Piazza unità d’Italia)
⑦ モーロ・アウダーチェ (Molo Audace)
⑧ トラットリア カプレーゼ (Trattoria Caprese)
⑨ ローマ劇場 (Teatro Romano)
⑩ サン・ジュスト大聖堂 (Cattedrale di San Giusto Martire)
⑪ サン・ジュストの丘
⑫ 勝利の灯台 (Faro della Vittoria)
⑬ トラットリア アル ファーロ (Trattoria al Faro)
⑭ ミラマーレ城 (Castello di Miramare)
⑮ グロッタ・ジガンテ (Grotta Gigante)

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⑨ ローマ劇場 ( Teatro Romano)

トリエステのローマ劇場は紀元前1世紀に建設されたと言われています。
当時は観客席は丘の斜面を利用して建てられているので、海を眺めながら鑑賞できる劇場でした。

中世になるとローマ劇場は低迷していき、劇場の上に家屋などが建てられ埋もれてしまいました。
その後1937年~1938年にかけて調査が行われ、劇場の全体部分が発掘されました。

ローマ劇場の前にある道から劇場を見ることができます。
劇場の壁の後ろにある坂道からサン・ジュストの丘へ行きます。

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⑩ サン・ジュスト大聖堂 (Cattedrale di San Giusto Martire)

初期の聖堂は、ローマ時代のカピトリーノ神殿跡に5世紀~6世紀の間に建設されました。11世紀には初期の聖堂が取り壊され2つの教会が建てられました。これらの教会は聖母の被昇天と聖ジュストに捧げられていました。

その後14世紀に二つの教会が統合されて、現在の大聖堂になりました。
鐘楼は古代神殿の柱の断片などを再利用して14世紀に建てらました。鐘楼は以前は高かったそうですが15世紀に落雷を受けて現在の高さになりました。

教会内の中央身廊の後陣 (アプス)には、1930年から1933年にかけてヴェネツィア出身の画家、グイド・カドリン (Guido Cadorin) によって描かれた「聖母載冠」があります。

左側の身廊は、14世紀までは聖母の被昇天教会の主身廊で、祭壇の後ろは12世紀のモザイクで装飾されています。
大天使ガブリエルとミカエルの間に聖母マリアが描かれています。

入口に近い左側には、サン・ジュゼッペ礼拝堂 (Cappella di San Giuseppe) があります。中央の祭壇画は1630年にサンテ・ペランダ (Sante Peranda) によって描かれた「聖母の結婚」です。礼拝堂は1706年にジュリオ・クアリオが描いたフレスコ画で装飾されています。サン・ジュゼッペ (聖ヨセフ)の「エジプトへの逃避」などのシーンが描かれています。

サン・ジュスト大聖堂ホームページ: Cattedrale di San Giusto

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⑪ ローマ時代の面影が残るサン・ジュストの丘

ローマ時代の歴史的中心地であった場所がサン・ジュストの丘です。

丘には紀元1世紀半に建てられたとされるカピトリーノ神殿の聖域への入口であるプロピュライウム(門)や、ローマ時代のバジリカなどの遺跡が残っています。

遺跡の隣にサン・ジュスト城があります。

1382年にオーストリアに編入後の1468年に城塞が建設されることになりました。増築などを経て1636年に完成しました。現在は歴史博物館になっています。

サン・ジュスト城ホームページ: Castello di San Giusto

ローマ遺跡の横にある、糸杉の並木道の先に第一次世界大戦の慰霊碑があり、丘の上は追悼の公園になっています。

丘の端(トンネルの上)には1938年のムッソリーニ訪問の際に、高さ約15mの噴水が建てられました。
丘の上からゴルドーニ広場 (Piazza Goldoni) へ続く階段があるので、丘から下りてきました。

ゴルドーニ広場からは、統一広場方面、カナルグランデ方面、北東へ行くと9月20日通り (Viale venti Settembre) 方面へ行くことができます。9月20日通りは歩行者専用道路になっていて、カフェやお店が並んでいます。パン屋で買ったソーセージパンが美味しかったです。

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⑫ トリエステが一望できる勝利の灯台 ( Faro della Vittoria)

トリエステ市街からは少し離れますが、海岸沿いに高さが67.8mの灯台があります。

第一次世界大戦後に戦死した船員たちを追悼するためと、トリエステがイタリアに編入されたことを祝うために建設され1927年に完成しました。

灯台の入口両脇には、オーストリアの戦艦フィリブス・ウニティス (Viribus Unitis) からの砲弾が置かれています。

灯台の正面には海を見渡し、作業用の長靴を履いた水兵の像が設置されています。灯台の一番上には翼を持つ勝利の女神像が設置されています。

勝利の女神像の翼は、強風ボーラに耐えられる設計になっていて、翼には開口部分があります。
ボーラとは、トリエステ湾に北東、東北東に吹く滑降風です。冬に行った時は、雨は降ってませんでしたが、強風で駅前に駐車してあるバイクが総倒れしてました。

灯台の上に行くとトリエステ湾が見渡せます。
聖ニコロ教会や、桟橋のモーロ・アウダーチェなどが見えます。
後方には、トリエステから南にある町や、国境を越えてスロベニアまで見渡すことができます。


灯台から北側をみると、バルコラ地区 (Barcola) があります。海岸線沿いには、遊歩道が続いていて、夏は海水浴客で賑わいます。
バルコラでは毎年10月にバルコラ―ナ (Barcolana) と呼ばれるセーリング大会が開催されていて、トリエステ湾がヨットや帆船で埋め尽くされるそうです。

勝利の灯台 ホームページ: Faro della Vittoria

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⑬ トラットリア アル ファーロ (Trattoria al Faro)

勝利の灯台へは、トリエステ中心部を散策する日とは別の日に行ったので、この日は近くにあるレストランで昼食をとりました。今回はアンティパストの盛り合わせとお勧めの魚料理を食べました。
トリエステ在住の知り合いと行ったので、メニューを見ずにお店の人と話しながらオーダーしていました。

デザートはミッレフォッリエ (Millefoglie alla crema) を食べました。クリームのミルフィーユです。
クリームは甘すぎず、生地はサクサクしてて美味しかったです。

余談ですが。。。

レストランから見えた1隻のヨットは、ロシアの裕福な方が持ち主だそうです。ロシアのウクライナ侵攻が始まり、2022年3月欧州制裁の発効後、イタリア政府がヨットの凍結を命じたことによって、出航、売却、移転などが禁止されました。

そのため全長143メートル、高さは90mある3本のマストが整備されているヨットは2022年3月からトリエステ湾に停泊してるそうです。停泊しているだけでも係留費用、最低限のヨットのメンテナンスなどのヨットの維持費が年間800万~1000万ユーロするそうです。

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⑭ ミラマーレ城 ( Castello di Miramare)

灯台からも見えますが、バルコラの先にミラマーレ城があり、城の周りは公園が広がっています。
今回は港の横にある入口から入りました。公園は無料で入れます。

公園内は整備されていて、古い礼拝堂や温室などがあります。
ミラマーレ城には6月の平日の朝に行きましたが、公園内にはほとんど人がいませんでした。

温室の近くには、カステレット (Castelletto) があります。
皇帝マクシミリアーノと妃シャルロッテが1859年から1860年の間に時折滞在していた別邸です。
現在は書店が入っていて、壁の色も白くなっているようです。(私は数年前に行ったので色が黄色でした。)

木の間から、ミラマーレ城が一望できます。
海辺に白亜の城が建っているので、コントラストが見事です。
この辺りには海に向かって設置されているカノン砲があり、戦争のなごりを残しています。

さらに進むとイタリアガーデンがあります。
この辺りは強風ボーラから守られている場所だそうで、花壇が美しい設計で造られています。

イタリアガーデンを散策したあとは、ミラマーレ城へやってきました。
ミラマーレ城は、ハプスブルク家のマクシミリアーノ1世(メキシコ皇帝)の要請で海を見下ろす邸宅が建てられることになりました。

オーストリア人のカール・ユンカー (Carl Junker) がゴシック様式、ルネサンス様式を融合した設計をして1860年に完成しました。

1階はマクシミリアーノ1世と王女シャルロッテの住居スペースで、当時の家具が保存されています。
寝室、応接室、図書室などが青色ベースに並んでいます。

ベッドの下から視線を感じたので、見てみると猫がいました。猫のマックスです。ミラマーレ城に20年ぐらい住んでたそうですが、2023年に亡くなったそうです。

君主の部屋 (Sala di regnati) にある壁にかけられた16枚の肖像画は、マクシミリアーノ時代に統治していた君主達を描いています。この部屋にある小さな黒い丸いテーブルは、教皇ピウス9世からマクシミリアーノとシャルロッテへの結婚祝いだったそうです。このテーブルで、マクシミリアーノがメキシコの王位を受託するのに署名しました。

玉座の間も豪華な部屋になっています。
ハプスブルク家とロレーヌ家の家系図が描かれている絵画があります。ロレーヌ家は婚姻関係によってハプスブルク家を相続してハプスブルク=ロートリンゲン家になったことで王家の一つになりました。
この部屋にある大きな絵画には、ハプスブルク家の主要な人物は金色の光で囲まれていて、ロレーヌ家の主要人物は銀色の光で囲まれて描かれています。

岬の先からみる海の景色は、船から見る景色のようです。
マクシミリアーノは、約4年間ミラマーレ城に住んでいました。
1861年にメキシコ皇帝を受けるように打診され、約2年後に受ける決意をしました。

マクシミリアーノはシャルロッテと供に1864年4月にメキシコに向けて出航しました。
シャルロッテは1866年にトリエステに戻ってきましたが、マクシミリアーノはメキシコの政治情勢の混乱で、1867年に射殺されました。

ミラマーレ城 ホームページ: Castello di Miiramare

ミラマーレ城から、公園の入口まで戻ってきました。
入口近くにあるレストランで一休みです。

カプレーゼとイカフライです。カプレーゼは夏の定番です。
イカフライは美味しいですが、一人で食べるのには量が多くて胃がもたれます。
イタリアではシェアはしないですが、シェアするのが一番です。。。

知り合いの家庭の夏の夜ご飯は、モッツァレッラチーズ、トマトとパンで軽く済ませる日もあります。暑い日はオーブンもガスも使わない!と言っていました。

トリエステの中心部は、半日~1日あれば歩いて観光できます。
時間があれば6番のバスに乗って、勝利の灯台、バルコラ、ミラマーレ城方面に行くと良いと思います。


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